金峯山神社

ご挨拶・歴史
greeting / history

金峯山神社について

金峰山の頂上にあり、明治以降は金峰山神社と称されています。
この山はその昔は飽田山とよばれていましたが、天長九年(八三二)に淳和天皇が奈良県の金峯山蔵王権現を勧請して以来、金峰山に改称されたと伝えられています。
その後、元弘二年(一三三三)菊池武重が、河津浦から上陸した肥前勢と戦ったとき、当社に祈って勝利を得たため、神が小手をかざして味方の勢を見給う姿を自ら一刀三礼して刻んだのが現在の神体であるといわれています。
菊池氏のあとも加藤・細川両氏が崇敬と保護を加えてきました。
現祭神は金山毘古・金山毘売の両神と安閑天皇です。

金峯山神社の震災復興を願って

阿蘇家90代阿蘇惟友宮司が 兼務しておられました金峯山神社宮司に、正式に就任したのは、昭和63年正月で有りました。
その後、諸般の事情により金峯山神社からは、しばらく離れておりました處 御神慮のまにまに金峯山神社の宮司を、平成20年5月5日付をもちまして、拝命致しました。
さて、天地を揺るがす「熊本地震」の為、神殿、幣殿、拝殿共に、倒壊寸前の被害を受けました。
しかし、役員、総代は、知恵をしぼって底力を発揮して適切な応急措置を施し完全倒壊を防いでいるのが現状で、ございます。
当、神社は、金峰山山頂にあり、金峰山は、「肥後国誌」の中で、「筑紫富士」ともあります。
山の形、山頂よりの景観など、素晴らしい物が、あります。
御祭神は、南北朝時代、南朝の忠臣 菊池武重公が戦勝御礼に、一刀三礼して御神体を彫刻せられた。その御神体も祭る神社で、御座います。
熊本市民、熊本県民、九州地方の人々の心のよりどころ、信仰厚き人々のこころ安らぐ山でございます。
初詣、初日の出、春夏秋冬の金峰山を愛する人々の、御浄財によりまして、槌音高く、社殿復興ができます様に、右伏してお願い申し上げる次第で御座います。

平成30年3月吉日金峯山神社 宮司 井上宣道